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なぜ仙台は牛タンが有名なのか調べたらすごかった!

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仙台というと「牛タン」というイメージがありますが、いったいなぜ牛タンが名物となっているか気になってしまって、調べてみました。

仙台=牛タンというイメージの誕生は戦後間もない頃まで遡ります。

戦後の1950年代、アメリカの駐在軍が多かった仙台には、大量の牛肉が運び込まれていました。

当時は食糧難だったこともあり、その牛肉の余ったタンとテールをなんとか利用しようと試行錯誤した結果「仙台=牛タン」という名物料理が誕生したわけです。

しかし

そんな歴史がある牛タンですが、ここまで有名になったのにはさらにそのスタイルにヒミツが隠されています。
ここでは、なぜ?仙台という街と牛タンの関係について詳しくご紹介していきますので、ぜひ興味がある方はチェックしていってください。

▶あわせて読む:牛肉の部位『タン』牛タンに種類があるのは知っていますか?

 

仙台で牛タンが調理されるようになったのは戦後から

なんとなく仙台には昔から牛タンを食べる文化があったかのように感じられますが、実は現在のような形で牛タンが食べられるようになったのは戦後からです。

そのため、仙台牛タンの歴史としては70年くらいということになりますね。

当時、仙台は第二次世界大戦の影響で大規模な空襲を受け、街は復興までに時間が掛かる状態でした。

また、戦後ということもあり日本全体が食糧難にあえぐ時代でもありました。

しかし、そんな苦しい時期ではありましたが、仙台にはアメリカの駐在軍が多く訪れていたため、比較的大量の牛肉が流通していたわけです。

もちろん上質な肉というのは富裕層であるアメリカ軍や一部の上流階級しか口に出来ません。

ただ、牛肉を加工したときに余る牛タンやテールといった部分は「廃棄もしくは闇市へと流通」という経路を辿ることになります。

そこに目を付けた人間というのが、仙台で飲食店を営んでいた佐野啓四郎氏です。

 

仙台牛タンの発祥の店・味太助(あじたすけ)

元々、鶏肉や豚肉を焼いて提供するスタイルの飲食店 味太助(現在でいう串焼き屋のようなお店)を営んでいた佐野啓四郎さんは、知り合いから「あまっている牛タンをどうにか美味しく調理できないか」という相談を受けます。当時は鶏や豚を使った飲食店が増えてきていたので、佐野啓四郎さんのお店味太助も同業他社からのプレッシャーを受けて繁盛しきれない状態でした。

そこで相談を受けた牛タンを焼いて試食してみたところ、非常に美味しいということになり、新しい味太助の名物料理『仙台牛タン』として売り出していくことにしたわけです。

佐野啓四郎が確立した牛タン定食のスタイル

現在、仙台で牛タン定食を頼むと、ほとんどのお店で以下の通りの内容が出てきます。

  • 厚切りの牛タン
  • 麦飯
  • テールスープ
  • 浅漬け(青菜漬け)
  • みそ南蛮(青唐辛子)

これは、佐野啓四郎さんが考案した味太助『仙台牛タン』定食のスタイルであり、時代の中で必然が重なりあって誕生したメニューなのです。

「なぜ仙台牛タン定食が定番となったのか?」と疑問に感じる方もいらっしゃると思いますので、それぞれの料理がどうして取り入れられるようになったのか、次にご説明していきましょう。

 

仙台で有名な牛タンの味

仙台で有名な牛タンとは、牛の舌肉を塩でしっかりと味付けして焼いた料理です。

牛タンは、元々は仙台市内の食肉市場で廃棄されていた牛の舌肉を、戦後になって焼肉店が活用するようになったことが始まりです。その後、徐々にその美味しさが広がり、今では仙台の代表的なグルメとして有名になりました。

牛タンは、一般的には厚さ1cm程度の薄切りにされ、塩でしっかりと味付けされます。仙台牛タンは、仙台牛という高級ブランド牛を使っていることが多く、とても柔らかく、脂肪の甘みがあります。また、仙台牛タンは、国産の特別栽培米「ひとめぼれ」を使用した焼き飯と一緒に食べるのが一般的です。

牛タンは、一般的には焼いて食べることが多いですが、スープにしたり、煮込んだりする調理方法もあります。また、最近では、牛タンのハンバーグやカレーなど、牛タンを使った様々なメニューが開発されているため、飽きることがありません。

仙台を訪れた際には、ぜひ地元の牛タンを味わってみてください。

 

時代が生んだ仙台牛タン定食。なぜこのスタイル?

まず牛タンは前述の通り余っていた食材として手に入りやすく、またテールも同様に安価で仕入れることが出来る貴重な食材でした。

そのテールは、基本的にそのまま食べるのは難しいということで、を佐野啓四郎の奥さんがスープにすることを考案します。
テールスープに仕上げることで、「一汁三菜」という日本人に慣れ親しんだスタイルへ近づいていったわけですね。

また、当時は冷蔵庫などもないので、生鮮野菜は漬物にして保存が効く状態にしておくことが一般的でした。

 

そしてみそ南蛮というのは同じ東北・山形の郷土料理です。
実は山形は佐野啓四郎さんの生まれ故郷ということで、このみそ南蛮を定食に取り入れることにしました。

ちなみにみそ南蛮は青唐辛子を発酵食品である味噌に漬け込むことで、これもまた保存が効くようにしたものです。
戦後は「ものを腐らせたらもったいない」という切実な台所事情があったので、こうした工夫をしたわけですが、味が単調になりがちな牛タン定食にみそ南蛮は奥深さを与える結果になったということになります。

もちろん白米は高級品の部類ですので、麦を混ぜ合わせたご飯でコストダウンをし、庶民でも食べられる価格の牛タン定食にしました。

 

かくして誕生した牛タン定食の基本スタイルですが、これが市民に爆発的にウケたことにより、現在までその人気が続いている仙台牛タンのわけです。

 

また、1990年代になって牛肉の輸入自由化などによって、牛タンがさらに手に入りやすくなったというのも「仙台牛タン文化」が根付いたひとつの要因です。なお、今でも仙台市内には「味太助」が存在し、3代目の当主がその『仙台牛タン』の味を受け継いでいます。

仙台にある牛タン屋の多くは、この味太助の味をベースにしているとされ、定食のスタイルも当時のままで提供するのが一般的な『仙台牛タン定食』。
このような流れで、戦後の食糧不足が生んだ牛タン定食および牛タン料理は、仙台の人にとってのソウルフードになっていったと言えるわけですね。

 

現在の味太助『仙台 牛タン 定食』

現在の味太助はいくつかの地域に店舗を出しています。

・味太助(本店)
https://www.aji-tasuke.co.jp/
宮城県仙台市青葉区一番町4-4-13
TEL 022-225-4641

・味太助(つくば分店)
〒305-0005 茨城県つくば市天久保1丁目6-11
TEL 0298-55-8785

・味太助(分店いまい)
〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町2-12-23
TEL 022-225-0348

・味太助 水道橋分店
〒101-0061 東京都千代田区三崎町3-7-13(三大企業ビル2階)
TEL 03-3234-1249

・味太助 肴町分店
〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町1丁目5-10
TEL 022-261-8190

・牛タンの笑や
〒060-0022 北海道札幌市中央区南一条西5丁目7番 (敷島南一条ビルディング地下1階)
TEL 011-271-7775

・元太
〒980-0014 宮城県仙台市青葉区本町2丁目9-2
TEL 022-225-2350

・旨味太助
〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町2丁目11-11(千松島ビル1階)
TEL 022-262-2539

・山梨
〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町2丁目4-10
TEL 022-262-1621

・一隆
〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町1丁目4-2
TEL 022-261-4026

 

合わせて読む

 

ということで仙台牛タンが有名なんですね!

  • 仙台で牛タンが食べられるようになったのは戦後間もない1950年ごろ
  • 牛タン発祥の店・味太助の初代当主佐野啓四郎さんが考案
  • 日本人に合わせた一汁三菜スタイルを確立
  • 食料不足を補うために選び抜いた食材が見事にマッチ
  • 仙台市民のソウルフードへと発展し、現在までその人気が続いている

こうした流れと時代背景が重なったことで、仙台の牛タン定食というものが誕生し、いまでは牛タンを使った様々な料理が名物となっているわけです。

戦後の時代にたくましく生きた職人さんの功労のおかげとも言えますので、仙台に訪れた際にはありがたく牛タンをいただくことにしましょう。

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